茶餐廳バカ一代

熱奶茶と菠蘿油から始まる、めくるめく茶餐廳の世界と旅の話。

朝も夜も屋台で食べたい ― 深水埗基隆街・強記大排檔

一部の好事家や香港迷を別として、香港に住んでますと口走れば「わあー香港!私も夜市の屋台とか行きたいし小籠包食べたいです!」なんていうのは日本でありがちな反応かもしれない。

実際のところ私もたまに香港の鼎泰豊で小籠包食べたりしてるので、「香港で小籠包だあ?一生叉燒包食ってろ!」みたいな事は言わずニコニコと「そうですね〜屋台とか小籠包とか楽しいですよね〜」と返事するようにしている。広い心で徳を積んで、来世で台湾の温泉浸かり放題になるために…。

 

小籠包はさておき、夜市や屋台、特に台湾でお馴染みの食い物系移動式屋台が集うそれというのは、香港ではほとんど無いに等しい(たまに上水駅前の歩道橋上に車仔が並んでプチ夜市状態になったりするけど、まあ北區なので…)。強いて挙げれば旧正月直前、各地で行われる年宵市場くらいですかね。あれはお祭り気分で大変楽しいんだけど、2021年は疫情のせいで飲食物売らないようです。なんかもう楽しいイベントがとことん禁じられている亞洲國際都會での生活、つらい。

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移動式でない屋台、いわゆる「大排檔」も香港では風前の灯火で、中環と深水埗、それに大坑あたりにいくつかを残すだけになってしまっている。その中でも我らが深水埗は耀東街、石硤尾街にいくつか大牌檔が集まっていて、以前大埔道沿いのビルに住んでた時は「エレベーター降りたら10歩で屋台」みたいな楽しい生活を過ごせたくらい(というか、屋台があるから住まいをそこに決めたのですが)。

 

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香港に現存する屋台はざっくりと茶檔麵檔系と、小菜大排檔系の二つに分けられると勝手に思っている。

前者はだいたい朝早くから夕方頃までやっていて、出すものは飲み物とトースト(多士)やサンドイッチ(三文治)などの軽食、そして麺類(粉麵)。アルコールはまず出さない(多分ライセンス持ってない)。中環や大坑にある屋台はだいたいこっち。

後者はたぶん現代香港人が「大排檔」と聞いてイメージするそれで、営業時間は夕方から。強い火力でガーっと炒めた鑊氣のある小菜と、ビールを中心としたお酒を出し、ワイワイガヤガヤ深夜まで賑わう屋台。よく古い団地の冬菇亭や、インダストリアルなエリアの熟食市場を路上に持ってきたようなタイプだ。

深水埗はエスファハーンと並ぶ「世界の半分」なので、蘇記や根記のような茶檔麵檔系の屋台も残っていれば、耀東街強記、小菜王、愛文生など小菜大排檔系もある。耀東街の長發麵家のように、昼から翌朝まで麺を出す珍しいタイプも。

 

そんな深水埗の中でも、基隆街にあるもうひとつの「強記」は一つの屋台で朝から昼は茶檔系メニューを、夜は小菜とビールを出す一粒で二度美味しくいただける大排檔だ。夜やっている大排檔は大抵近くの空きテナントとかを借りて室内席があったりするけど、ここはそれもなく、完全に路上のみ。

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歩道のみならず、車道部分まで使ってみなさん楽しい大排檔タイムである。やはり深水埗はこうでなくてはならない。隣の布屋さんとかも何事もなく営業しており、強い。

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基隆街強記は中央分離帯に公園がある南昌街(仙台の定禅寺通りをショボくしたものとお思いください)があるので、一番南昌街寄りの席に腰掛けるとなんか下手なZoom背景みたいなことにもなる。撮り方を間違えると、今をときめく深水埗在住Youtuberも途端に合成写真チックになってしまった…。

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さて強記、しっかりとチェックはしてないのですが、多分朝昼と夜とで同じ店名だけど師傅は別です。朝昼の茶檔メニューはこんな感じ。飲み物と麺類・パン類だけで、ご飯ものは一切無し。

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香港のミルクティー(港式奶茶)は茶葉の濃さと牛乳(エバミルク)の滑らかさとの混じりあい具合によって店の特徴が出るのだけど、茶檔の奶茶は大抵茶味が強く、パンチが効いていることが多い。夜寝る前にこんなの飲んだら眠れなくなること請け合いだけど、朝から路上に座ってトースト片手に飲む分には最高なのである。しかもこの眺め!

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一方の夜はメニューの色合いもガラッと変わって(でも写ってる食い物はやはり茶色い)、ゴーゴー火力に物を言わせた小菜が並ぶ。
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ビールがすすむような食べ物ばかりで、味もしっかり濃い。

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酒が飲めない私の評価はあてにならないのですが、それでもおすすめしたいメニューの一つが「強記小炒王」。小炒王は店によって少しずつ具材とか味付けが違っていたりするけど、ここのは具がどーたこーだとかではなく、とにかく鑊氣で勝負していて路上の、大排檔の醍醐味がある。
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心地よい風に吹かれる春秋も、汗をかきかきビールを(私は雪碧か茶だけど)飲み交わす夏も良いのですが、冬は冬で路上打邊盧(鍋)に興じることができていとつきづきし。

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細かいことは気にしない店そして客なので、野菜(確か西洋菜だった)をモリモリ出してきて、栄養バランスへの配慮も欠かさない全知全能ぶりに咽び泣く夜もありました。
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いかがでしたか?みなさん基隆街強記のある生活を送りたくなりましたか?送りたいですよね?

そんな貴方の深水埗来訪を心よりお待ちしながら、特にオチもお役立ち情報もなく記事を終わります。あっ、日曜日はお休みなので気をつけてね〜

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ネオンの記憶、空港の記憶 ― 九龍城・順興茶餐廳

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深水埗と並んで、九龍城は香港の中でも好きな場所のひとつだ。

少しずつ再開発は進んでいっているし、地下鉄の駅もできる(欠陥工事で2年延期になったけど)とはいえ、唐樓が多く、タイ料理や潮州料理をはじめ飲食店が選り取り見取りの楽しい街。

 

そんな九龍城のもう一つの顔は、空港のすぐ脇にあった街だということ。

私が香港に初めて来たのは2008年なので、啟德機場は見たことも、使ったこともないけれど、下町に突然現れる旧エアポートホテル(富豪東方酒店)やトマソン高架橋、そして深水埗以上に高さの低い街並みと、空港の痕跡を目の当たりにするにつけ啟德機場への想いを募らせている。


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ここの熱奶茶は私がよく行く茶餐廳の中でもかなり濃い、渋味の強い部類。

街市の熟食中心や大排檔だとこのくらいの濃さは珍しくないけれど、「茶餐廳」として店を構えている中ではここと深水埗・維記が二大巨頭かもしれない。

 

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二年前くらいに店内は改装されて、メニュー変更や値上がりなんかもあったけど、いまでも以前と変わらない時計が飾られているのは茶餐廳バカとしては評価いたしたい店です。f:id:chgt:20191110195702j:image

 

順興茶餐廳のもうひとつの良さは、衙前圍道に輝くネオンサイン。

ソーサーとカップ、そして「始於1984」の文字が踊るあたたかな色のネオンは、変わりゆく九龍城にあってそこに在り続ける、そっと照らし続けてくれているかけがえのない光。

道路へそこまで張り出していない(規制に違反してなさそう)ので、招牌冬の時代をどうにか乗り越えて九龍城を照らし続けてもらいたいな。
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私のための茶餐廳、私のためのブログ

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香港で生活を始めて五年が経った。

ここに家族がいるわけでも、日本から赴任を命ぜられてやって来たわけでもなく、なんとなく香港に住み着いて五年。

家は狭いし、台所らしい台所もないのでほぼ毎日外食をして暮らしている。

 

この街には高級店から庶民的な店まで、個人店からグローバルチェーン店が至る所に軒を連ね、中華は勿論のことハイエンドのフレンチやらイタリアン、果ては日本食まで、ありとあらゆる食べ物が集まる世界有数の美食都市でもある。

 

だけど私は悲しき現地採用、夜な夜な高級店を練り歩くような財力はないし、そもそもそれは趣味じゃない。

私が好きな香港の食べ物、それは大体がジャンクフードであり、ローカルフードであり、茶餐廳と呼ばれる街の食堂で供されているようなものばかりだ。

 

茶餐廳は香港の街を代表する大衆文化のひとつであって、この街にいれば誰でも、あるいはこの街に居なくても、今や東京や台北メルボルンのような大都市でも楽しめる。

茶餐廳は誰のものでもなく、ましてや一外国人である私のものでは決してない。

けれど、私にとって茶餐廳は単なる食事場所を超えて、自分のセカンドキッチンであり、癒しの場所であり、愛すべき空間ですらあるのだ。

 

そんな茶餐廳に対するいびつな愛情と、普段の生活とを、誰のためでもなく自分の備忘録として。