アイコンとしての茶餐廳 ― 福建省泉州・昌發茶冰廳
自慢じゃないけど私には「茶餐廳を引き寄せる力」がある気がしている。ほんとはもっと人間力とか、知力体力時の運とか、財力とかが欲しかったけど、まあ何事も無いよりはあった方がいいですからね…
世は茶餐廳戦国時代。様々な事情により当地を離れた香港人がそうさせるのか、はたまたコロナ禍により気軽に香港に行けなく/帰れなくなった人の要望と食欲によるものなのか、日本でもあちこちに茶餐廳や「(ちゃんとした広東料理とは違う)香港料理」店が出来てきている模様らしい。Twitterを開けばやれ生麦だ、綱島だとまるで旺角や屯門藍地のような茶餐廳が目に飛び込んでくる今日この頃、これで永久帰国の日が来ても安心です…
茶餐廳が香港を象徴するアイコンの一つであり、パスタを出すイタリアンやバインミーのあるベトナム料理店、パッタイが看板のタイ料理店のように「街に一件はあって気軽に行ける店」になりつつあるのは日本だけではなく、中国大陸も同様なのかもしれない。上海とかの大都市だけではなく、昨年末に行った華僑の郷、福建省泉州市でさえ、街を歩けばいくつもの(そう、ひとつじゃないのよ!)茶餐廳があるんだから驚かされた。
とはいえここは泉州。
香港からの移民が多いシドニーとかメルボルン、NZオークランドとかでは率先して茶餐廳めぐりをしているわたくしだけど、さすがに美味いものが沢山ある泉州に行ってまで茶餐廳でメシを食おうという気持ちはさらさらなかったのである。金曜夜からの週末弾丸、貴重な食事の機会は福建メシに充てて、日曜夜に香港戻ったら金華冰廳行こうと思っていた(そして実際空港から金華直行した)。
だがしかし、泉州まで来て引き寄せる力を発揮してしまったのである。これは嘘偽り無くほんとにたまたま、全くの事前調査も情報もなかったのだけれど、泊まったホテルから歩いて2,3分のところで通りがかりに見つけたのがこれ。
最近ありがちな「冰室」でも、定番「茶餐廳」でもなく、「茶冰廳」を名乗っている…。香港でも茶冰廳は数少ないのに、これはデキるやつの仕業だ…
このとき時刻は土曜の夕方、さすがに泉州に着いてすぐこの店に入って胃袋を終わらせてどうするんだという理性が働き、この日は满煎糕だ、卤面だ、四果湯だと食べ歩きに終始し、なんとか茶冰廳の罠から逃れたのであります。メシが美味い土地は最高!
し・か・し…
移動疲れもあってか、ホテルで昼前まで寝て過ごしてしまった翌日。せっかく付いていた朝食を食べる機会を逸し、外に出たら出たで寒いし雨降ってるし腹減ったし、とりあえず何か食べなきゃと歩き出した先に飛び込んできたのがやっぱりこの店。字体がやや気になるものの、いい名前してますね!
ええい、ままよ!と勢いよく中に入ってみると、並ぶパイプ椅子と奥に輝く「高朋滿座」。そしてなかなか再現度の高い卡位。タイル風の壁紙に「凍飲加2蚊」とか、いちいち凝っている。
メニューも茶餐廳の、卡位のあるべき形に沿って、テーブルに貼られたガラスの下にあるスタイル。「麵」が「面」なこと(しかし手書きメニューとかだと香港でもよく目にする)を除けばほぼ完璧すぎて、香港の下手なエセ冰室よりよっぽど茶餐廳茶餐廳しているのではないか…。選べるスープも羅宋湯か忌廉湯だし、相当研究されている。
店内の一角に設けられた「餅店」コーナーはちょっと微妙ではあるけれど。
意外すぎるほどに忠実に茶餐廳をなぞっていることに軽く感動してしまい、いっそ乾炒牛河でもガッツリ頼んでやりたくなりましたが、この後いとしの蚵仔煎が控えているので大人しく西多士に。飲み物は怖いものみたさの熱奶茶で。
オーダーし終えると、レシートとともにtempoのようなティッシュが…
やだ!なにこれかわいいじゃない!
香港の冰室、冰廳、茶冰廳にもマネしてもらいたいくらいかわいいギミックにテンション爆上がり。なんかもう、香港のアイコンをこれでもかと盛り込んでいて感心するしかないのである。
そうこうしているうちにメインがやってきた。
絲襪奶茶、13蚊。黑白淡奶カップではなく、B級C級の茶餐廳に多い金茶王カップなのがシブくてかえって良い感じ。
粒粒西多士。普通の西多士ではなくサイコロサイズな粒粒なのは海安咖啡室にインスパイアされたのか。
いずれにしても、店内だけでなく食べ物飲み物の見た目までそれっぽく、泉州にいる気が全くしない。香港人がオーナーなのか、香港在住歴のある人がやっているのか定かではないけど、突っ込みどころがあまりにも少ない…
(なお、香港外の茶餐廳で港式奶茶の味については評論いたしません。西多士は香港外としては60点って感じ。)
洗手間ついでに2階に上がってみたけれど、「樓上雅座」もなかなかどうして素敵…。ただそのパイプ椅子はどうにかならなかったのか。
2階のキッチンカウンターは「餅店」ではなく「大排檔」になっている…。
うーん、あまりにも出来すぎていて出来杉くんもびっくりである。
福建省泉州という決して大都会とも、洗練された都市とも言えない(魅力はたくさんある)ところにしては、驚くほど現代香港のアイコンを忠実に再現していて、その芸の細かさに語る言葉すら無くなってしまいそうになる。
ただ、ここにはシドニーやメルボルン・ボックスヒルの茶餐廳のような「これが俺の食いたい物なんだ!」という切実な顔した客のおっさんはいないし、ぶっきらぼうだったり声がやたらとデカかったりする店員もいない。
客も店員もお洒落でイカした今風の若者で、みんなとっても優等生。好麻煩な私にはそれがどこか物足りなくて、狐につままれたような顔をして店を出るしかなかったのである。茶餐廳は一日にして成らず、アイコンをなぞるだけでできあがるわけじゃないのかもなあなんてブツクサ呟きながら…
(茶餐廳文化が世界に広がる事はきっといいことよね!ね!)